水城あやのの「ほっと見聞録」【第四回】名古屋市 シヤチハタ


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2015年(平成27年)9月24日(木曜日)

今回も、もの作りのレジェンドが登場です!


今回の訪問先は名古屋市中区に本社のあるメニコン。創業者の田中会長にズバリ伺います!

私の周りでも、たくさんの人がお世話になっているコンタクトレンズ。今回は、その生みの親が創業した会社、メニコンにおじゃまします。

でもどうしよう、実は私……何を隠そう、目がいいんです。メガネはもちろん、コンタクトレンズもしたことないんです。

すると、田中会長「私も目が良くてねー。はははー」 なんですと!ご自身の視力が弱くて……。なんてエピソードがあるかと思いきや。ますますコンタクトレンズ誕生の物語が気になってきました。


田中会長は1931年7月8日、竹彫工芸家田中華山の次男として愛知県葉栗郡木曽川町(現:一宮市)に生まれます。幼少期はクラスでも1番体が大きく、とってもヤンチャだったそう(!)。「上級生でも弱い者いじめをするのは許せなかった」。同級生をかばって、喧嘩にもなったそうです。

そして太平洋戦争が始まり国民学校高等科の田中少年は学徒動員で鉄工所に通いますが、なんとここに運命の出会いが。
鉄工所で田中少年が助手としてついたのが天才肌の職人、関谷六郎さん。関の刀鍛治の息子さんで工場でも群を抜く技術者です。その方の技術を間近で見る事が、後のコンタクトレンズ作りにつながるのです!

本当、運命ってのはすごいものですね。ここで関谷さんと出会っていなかったら……「コンタクトレンズの開発にもっと時間がかかり、この会社も違うものになっていたかもしれません」。

終戦後、15歳で名古屋市の栄にある玉水屋眼鏡店に丁稚奉公に行き、3年後には技術主任を任されます。そしてメガネのデザインまで手がけるように。
これが評判になり、通常のメガネの5倍から10倍という値段でも、とてもよく売れたそう。


はい メニコン!ポーズ。

その頃、名古屋城近くのアメリカ軍の病院でも、田中会長の技術が認められ……。玉水屋が米軍指定業者となり、ますます忙しく業績も順調に上がっていきます。
ここでまた運命を動かす出会いが!

「私、コンタクトレンズを持ってるのよ」
1950年、お店を訪れたお得意様のアメリカ軍将校夫人が突然言った言葉。「見せて!と3回手を出したが断られてね。ますます興味が湧いた」と田中会長。

当時、コンタクトレンズはヨーロッパやアメリカでは盛んに研究されていましたが、まだ知る人も少ない代物。どうしても見せて欲しかったのに叶わなかったそうです。

「よーし、ならば自分で作ってやる!」田中会長は、まだ見たこともないコンタクトレンズに取り憑かれてしまったそう。



将校夫人が見せてくれていたら……。ある意味サンキュー!将校夫人!

それから自分の目で日々研究

それからというもの、毎日鏡の前で自分の目を観察。
焼け野原だった大須周辺のバラックの工作機械店で小型旋盤を買い、眼鏡フレームに使っていた飛行機の風防ガラス(アクリル樹脂)を材料に黒目の大きさのコンタクトレンズを完成させたのは、将校夫人との一件から3か月後。実際に、目に入れようとしたところ……家族からは、猛反対!
「目が潰れたらどうするの!」

そりゃそうですよね、私もその場にいたら同じことを言います。でも田中会長、自分の作った物を信じて目に入れてみたら……。「余り痛くなかった。すぐに外しましたけどね」

その頃は白目まで覆う強角膜レンズしか知られておらず、田中会長の作った小さいレンズは眼科医達を驚かせます。

しかし実際に装着した患者達が絶賛!口コミでどんどん評判が広がります。
コンタクトレンズの注文が殺到し、いよいよ7年勤めた眼鏡店から独立、コンタクトレンズ専門の会社を起こします。日本コンタクトレンズ株式会社から1965年に東洋コンタクトレンズ株式会社、さらに皆さんご存知の現在の株式会社メニコンへ。

ここで見聞録では恒例のクイズタイム。メニコンという社名の意味は? ヒント……ダジャレというか……そのまんま、です。
正解は「目にコンタクト、で、メニコン」だそうです。シンプルイズベスト。直球です。

以来、業界のパイオニアとして走り続けてきた会長。
「何事も実現するまであきらめなかったので、失敗なんて何ひとつない。苦労なんてしたことない、そう思った事もない。これからが大切で、さすがメニコンと言ってもらえる安全なものをもっともっと作りたい」

今一番の興味はやはりレンズの素材だそう。「まだまだこれから進化しますよ」

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2015年(平成27年)9月24日(木曜日)

素晴らしいスタッフが、現在のメニコンを支えます。

続いては、プロダクト戦略部の福田早紀さんにお話を伺います。黒目を印象的にみせたい女子に人気のサークルレンズを世に送り出した、通称「女子チーム」の一員です。
メニコンの「2WEEK Menicon Rei」は、サークルレンズとしては初の国内自社工場生産で、乱視用もあるんです! さらに、レンズには可愛いお花柄。こんな女子の心にズキュン(古い?)なアイテムを考えたのは、やはり女子スタッフたち。メニコン創業以来、初めての20代女性を中心としたプロジェクトチームなんです。
「いかにもカラコンつけてます! っていうのが嫌で……。男性にはなかなか理解されませんが、同性に支持されるナチュラル感を大切にしました」

「乱視用があるのはサークルレンズでは本当に珍しい事。今まで乱視の方はサークルレンズを使いたくても、我慢していたはず」と福田さん。発売以来、待ってましたとばかり、大人気に。さらに、社内のスタッフにも愛用者が多いそう。もちろん、会長も試されたとか!
「会長もぱっちりお目々で素敵でしたよ。写真も撮りました(笑)」。
女性の活躍はなんとも嬉しい限り、これからも「女子チーム」に期待です。


知ってる! このかわいいパッケージ!

確かに! すごく自然。つけてみたーい。

ほら!レンズの黒目部分がお花柄。かわいい!

女心は複雑なんですよー。うふふ。
さらにメニコンでは、目から健康に! との思いから、なんとサプリメントを開発しているそう。続いては、新規事業統轄本部の石井好智副本部長です。

そのサプリメントはずばり「食べるヨガ」。

皆さん、PCやスマホの使い過ぎで、目、首、肩に疲れがキテませんか? ドキッとしたのは私だけではないはず。注目の成分、ラクトフェリンが「腸まで届く!これがとっても重要なんです」と石井さん。

母乳にも多く含まれるラクトフェリンは、心と体のバランスを整え快眠効果も期待できるとか! さらに腸まで届く製品はとても少ないそうで、かなりの自信作だそう。

「試していただければわかります!女性は美肌効果も?!」なんと!これは絶対試さないと! 私、いつになく真剣に聞いちゃいました(笑)。


かなり前からラクトフェリンに注目さてれいたそうで。

ラクトフェリン以外の成分も充実。

「食べるヨガ」で検索してね!

水城あやのの体験後記

会長の想い=メニコンの精神は、私達の生活をより豊かで楽しいものにしてくれます。今回、お話を伺った本社 ANNEXにある「ギャラリーMenio」。そこには、田中華山氏の作品、田中会長の彫画、技術顧問の田中勇輝氏のボトルアーキテクチャが展示されています。さらに、本格的な設備を配した「HITOMIホール」の運営など、視る事で毎日が豊かになる社会貢献活動も多岐にわたって展開されていました。
次はどんな景色を私達に見せてくれるのでしょうか。期待しています!

今回取材した企業様

株式会社メニコン

(公式サイトはこちら)
国内最大手のコンタクトレンズメーカー。日本初の角膜コンタクトレンズを開発して以来、コンタクトレンズのパイオニアとして業界をリードする。開発のモットーは「安全」。

ギャラリーMenio

【住所】 愛知県名古屋市中区葵3-21-19
【電話】 052-935-0918(ANNEX事務局)
【営業時間】 9:30~18:30
【休館日】 土曜、日曜、祝日、年末年始
【入館料】 無料
【駐車場】 なし

水城あやのプロフィール画像

水城あやのPROFILE

大学を卒業と同時にリポーターとしてメディアデビュー。
以来、ナチュラルで飾らないキャラクターと誰からも愛される笑顔を武器に、活躍の場を大きく広げる。テレビ、ラジオのみならず、イベント、式典、パーティーなど、あらゆるシーンにおいて、どんなことでも対応できるマルチタレントとして活躍。現在は、CBCテレビ「ゴゴスマ」、スターキャット「アマチンアワー」にレギュラー出演中。
また、一女の母として、児童虐待防止を訴えるオレンジリボン活動にも取り組んでいる。

セントラルジャパンHP http://www.central-j.com/
水城あやの ブログ http://ameblo.jp/mizuki-ayano/