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    No.61
  • 中日新聞 勝幡専売店 恒川新聞店

  • 中日新聞 勝幡専売店
    恒川新聞店
    【住所】愛知県愛西市勝幡町塩畑2503-9
    【電話】0567-25-4651
    【FAX】0567-24-2906
    恒川 真理子さん
    地元の大学を卒業後、外食産業、派遣スタッフなどを経験。2代目店主だった父の急逝をきっかけに、3代目店主に就任。慣れない仕事に当惑しながらも、スタッフのため職場環境の整備に注力する。

突然の店主就任に戸惑いながらも、
スタッフのために懸命に頑張る3代目

今回の取材先は、名鉄・津島線の勝幡駅からほど近い恒川新聞店です。鯉のぼりなど手作りの装飾(※取材時は5月)がかわいらしい店で、3代目店主の恒川さんが出迎えてくれました。2015年に就任したばかりのフレッシュな3代目ですが、店主就任の裏には、ひと言では表せないエピソードが隠されていました。

販売店の次女として誕生した恒川さん。大学を卒業後、外食産業に4年間勤めて貯めたお金で、1年間オーストラリアへ。帰国後も、日本と海外を行ったり来たりの生活を続けます。「父から実家を継ぐ話は一度もなく、私もそのつもりはありませんでした」。

店主就任のきっかけを尋ねると「実は実家の販売店を継ぐ決心をした時のことを、あまり覚えていなくて……」と打ち明けてくれました。実家の販売店を継ぐ決心をする10日ほど前、現役でバリバリと働いていた父親の篤さんが急逝。葬儀の手配や訃報の連絡など、慣れないことに振り回される中、目の前にはそれまですべて篤さんが仕切っていた販売店の業務が……。配達や集金など、日々の業務はスタッフの協力によってどうにかこなしていましたが、このまま店主不在の状態を続けるわけにはいきません。「悲しみの中、とても悩んだような気がしますが、最終的に継ぐ決心をしました」。
決意を胸に販売店の店主に就任。研修先では、必死に仕事を覚えます。実家の販売店に戻った後も、研修で学んだことを実践しようと試みますが……。どれもうまくいきません。「研修で知識だけを詰め込んで、頭でっかちになっていたんです」。そのことに気付いた恒川さんは、まず第一にスタッフとの関係を築くところから始めます。「率先して配達や集金をすることで、少しでもスタッフとの距離を縮めようと努力しました」。現在もその努力を続ける恒川さんの次の目標は、「これまで販売店を支えてくれたスタッフが、この店で良かったと思える環境を整えることです」。

最近では、はじめて会う他店の店主から「お父さんにはよく世話になったよ」と声をかけられることも。父から仕事を学べなかった分、そんなひと言が懸命に店主業務に励む恒川さんを支えます。
  • スタッフ間で感謝の気持ちを伝えるハッピーバルーン。読むと、優しい気持ちに!

  • 店内をにぎやかに彩る季節ごとの装飾は、すべてスタッフの手作りです。

  • 本社からの研修生が作成したサイン帳には、恒川新聞店の歴史と魅力がギュッと詰まっています。

販売店エリアのおすすめスポット

■勝幡城跡

【住所】愛知県愛西市勝幡町
織田信長の出生地については諸説ありますが、その一つが勝幡城です。勝幡城は、永正元年(1504年)ごろ、信長の祖父・信定により築城。信定は城のすぐそばを流れる日光川、三宅川、領内川の水運を利用し、経済力豊かな津島の商人との結びつきを強めます。これが後に、戦国大名として信長が成長する基盤になったと言われています。大永7年(1527年)、信長の父・信秀が城主に。天文3年(1534年)には、信長が誕生。その後、今川氏から奪い取った那古野城に拠点を移し、勝幡城は廃城となりました。
現在、城跡には石碑が建てられていますが、江戸時代に行われた日光川の改修で地形も変わり、城の遺構は残っていません。しかし、昭和54年(1974年)に旧城域の一部から礎石と思われるものが発見。現在は、愛西市佐織支所に保管されています。
  • 城跡には「勝幡城跡」の石碑が建てられています。

  • 名鉄津島線・勝幡駅前にある、信秀と妻の土田御前、生まれたばかりの信長(吉法師)の銅像。

  • 名鉄津島線・勝幡駅前の勝幡城推定復元模型で、当時の様子を楽しむことができます。