あなたの街の中日新聞販売店

今月の販売店

File No.23

中日新聞 平田専売店
阪田新聞


住 所 三重県鈴鹿市平田本町2-3-5
電 話 059-378-0007
F A X 059-378-4177


プロフィール
阪田 宣之さん
大学卒業後、6年間の会社勤めを経て、実家の販売店に入店。その後3代目の店主として、週休制の導入や帳票類・部数管理のコンピュータ化に取り組む。現在もサラリーマン経験を生かし、スタッフの職場環境の向上に力を注いでいる。

阪田 宣之さん

店主就任後、仕事に決して口を挟まず、

自由にさせてくれた父親には感謝しています。

 本田技研工業の発展とともに、世帯数の飛躍的な増加を遂げた鈴鹿市。同市に店を構えるのが、阪田新聞です。1964年の創立当時、阪田さんはまだ3歳。「中学校の校長を務めていた祖父が、定年とともに立ち上げたのがこの販売店です」
 間もなくして、父親の公彦さんが店主に就任。店主の息子として、幼少期から学生、サラリーマン時代を過ごします。お手伝いの記憶を尋ねると「実は、配達を手伝ったのはお盆と正月くらい。“私の元気なうちは、好きなことをやりなさい”という父親の言葉どおり、社会人までやりたいことに挑戦させてもらいました」
 大学は得意な理数系を生かし、薬学部に進学。卒業後は、四日市市の企業で皮膚科学の研究に没頭します。「毎日白衣を着て、美白やアンチエイジングに効果のある化粧品の原料を開発していました」
そんなサラリーマン生活が6年を過ぎようとしたころ、突然、父親の公彦さんが引退宣言をします。

大勢の女性スタッフが、配達や集金、事務を担当。「最後のスタッフが帰ってくるまで、配達中は心配でたまりません」と、スタッフ想いの阪田さん。



スタッフの勤続年数が長いのも、阪田新聞の特徴の一つ。2013年に退職したスタッフは、なんと45年間勤め上げたそうです!



撮影当日は名古屋に降った大雪の影響で、夕刊の到着が遅延。経験豊富なスタッフたちは、慌てることなく素早く仕事を進めます。


サラリーマン時代、研修期間……

どちらの経験もいまに生きています!

 阪田さんは、父親の公彦さんの引退宣言後、すぐに実家の販売店に入店。当時は、新聞配達だけが仕事の全てだと思い、必至に配達をこなす毎日だったと言います。「あの時の私は、本当に井の中の蛙でした」
 そんな中、3か月間の店主研修に参加。阪田さんは初めて体験するさまざまな販売店の仕事に、驚いたと言います。「週休制や作業のデータ化など、実家の販売店では想像もつかないことばかり。研修中は驚きの連続でした。特に、一緒に研修を受けた大橋新聞店の大橋さんからは、いい刺激を受けました。今でもかけがえのない仲間です」
 阪田新聞に戻った後、阪田さんはさまざまな改善を試みます。1年ほどかけ、週休制の導入や帳票類・部数管理のコンピュータ化を実現。さらに、ミニコミ紙の発行やさまざまな特典が受けられる会員組織「club- C」を運営するなど、お客さまサービスも積極的に実施しています。
 最後にこれからの夢を尋ねると、しばらく悩みながら……「販売店を支えてくれるスタッフが、病気やケガをすることなく、生き生きと働ける環境を守りたい。そして、会員組織を活用して、読者がもっと喜んでくれるサービスを展開していきたいです」と答えてくれました。

7年目を迎えるミニコミ紙「さだごろう」の編集をする阪田さん。最近では、複雑なレイアウト作業なども、手際よくこなします。



地元のボランティア先駆者の名前にちなんだミニコミ紙「さだごろう」。地元の幼稚園&学校のイベントや、街の歴史など、情報が満載です。


創刊当時から記事を執筆している新良さん。「取材では新しい発見がたくさん。これからも、街の隠れた魅力を発掘していきたいです!」

鈴鹿と四日市の販売店約20店が協力して実施する「club- C」。バスツアーやお取り寄せのほか、地域の店で割引などの特典が受けられます。



地元から頼りにされる存在でありつづけたい。

地域と密な関係を築くため、地域づくり協議会、鈴鹿商工会議所などに積極的に参加しています。中でも、旭化成ケミカルズ鈴鹿工場で開催される「鈴鹿さくら祭り」には、第1回目から役員として参加。私を含め、約25名のボランティアで、ご当地アイドルのステージやフリーマーケット、ライトアップなどを企画し、実施しています。満開の桜の下で食べるB級グルメも人気ですよ。?

私のお気に入り

旭化成ケミカルズ鈴鹿工場の敷地に、約220本の桜が咲き誇ります。桜のトンネルはとってもきれいで、見応えも十分です。