中日新聞ほっとWeb HOME > 3冊の本棚 > 一人のたたずまい

3冊の本棚

文章のプロが毎回テーマに沿って、3冊の本をセレクト。
作家という書き手の視線で選ばれた本の魅力をご紹介いたします。

藤沢周さん
(ふじさわ・しゅう)

作家。もう師走か、と思うのと、まだ師走か、と思うのとどちらが良かろう。
藤沢周

一人のたたずまい

 ちょっと前に「一億総活躍社会」と言っていたと思ったら、今度は「生産性革命」か。難儀な話である。

 作家坂口安吾曰(いわ)く、「革命だの、国家永遠の繁栄のため、百年千年の計のため我々がギセイになる、そういうチョットきくと人ぎきのいい甘ッチョロイ考え方がナンセンス、又罪悪」(「新カナヅカイの問題」)。然(しか)り。我々はそんな国から余計なことを言われずとも頑張っとるわい。

 「よし、俺は俺で一人行く」と鼻息を荒くしていたところに、<1>若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』(河出書房新社・1,296円)。第五十四回「文藝賞」受賞作である。74歳の独り暮らしの桃子さん。夫と死別し、子供たちとは疎遠。だが、この主人公、「老い」をエネルギーとして、人生の冬期を夏に変えるような、逆転の発想を手に入れるのだ。「老い」を描いた作品として、深沢七郎『楢山節考』や佐江衆一『黄落』など傑作はいくつもあるが、本作品、まったく新しい境地。こんな老後なら、悪くないぞ。「一億総活躍」って何の話? と余裕と充実の「おひとりさまの老後」である。

 人聞きのいいフレーズには騙(だま)されるな、と真摯(しんし)に声を上げ続けて幾星霜。メディアでは冷酷にも「泡沫(ほうまつ)候補」と呼ばれているが、落選また落選の勇士たちを追った<2>畠山理仁(みちよし)『黙殺』(集英社・1,728円)が抜群の面白さ。第十五回開高健ノンフィクション賞受賞。

 どんなに無視されて、落ちて、さらには高い供託金まで没収されても、やり続ける候補者たちを、著者は「泡沫候補ではない。無頼系独立候補である!」と言うのだ。ご存じ、マック赤坂さんをはじめ、「独自の戦い」を続ける彼らを、20年間、これまた追い続けた記録である。政治以前に、人であることの愛(いと)おしさに満ちて、俄然(がぜん)元気が出てくる人間讃歌(さんか)でもある。

 この「人」なる複雑怪奇な面白さ。故・立川談志師匠は落語を「人間の業の肯定」と言ったが、まさに落語は人間世界の肝が詰まっている。

 <3>林家正蔵ほか『十八番(おはこ)の噺(はなし)』(フィルムアート社・1,836円)は、人気真打五人と若手真打・二ツ目六人が、自らの落語の秘密を語った本。私の好きな立川生志(しょうし)師匠など、こんなに明かしていいのか、という磨きに磨いた技を披露。脚本力、脚色力、話術と演技力などの深さに唸(うな)りつつ、業だらけの人間がさらに好きになる。ちょいと寄席でも覗(のぞ)いて、憂さぁ笑い飛ばしたら、熱燗(あつかん)キューッで、天国でさぁ。
  • 『おらおらでひとりいぐも』
    若竹千佐子
    (河出書房新社・1,296円)

  • 『黙殺』
    畠山理仁(みちよし)
    (集英社・1,728円)

  • 『十八番(おはこ)の噺(はなし)』
    林家正蔵ほか
    (フィルムアート社・1,836円)