今回は藤沢さん
藤沢周(ふじさわ・しゅう) 
酒井さん
作家。いかん。目やら肩やら腰やら。心身の分岐点に抗(あらが)い、のたうち、冷や水となる。
人間の宿痾を抉り出す

 あな、おそろしや。そして、なんと崇高なことか。女であること、妻であること、作家であることの業と執念と愛の強度に、身震いするほどである。「3冊の本棚」の、いつものイントロを書く余裕もなく、「あわわ、あわわ」と紹介したいのが<1>梯(かけはし)久美子『狂うひと-「死の棘(とげ)」の妻・島尾ミホ』(新潮社・3,240円)だ。

 迫力。深遠。聖性。一人の女性を追いつつ、人間の底知れない欲望と宿痾(しゅくあ)を抉(えぐ)り出した評伝の極北である。

 ご存じ、「死の棘」とは、作家島尾敏雄の私小説であるが、自らの浮気から妻のミホが精神を病み、やがては夫婦ともども狂気に陥っていく戦後文学の衝撃作でもある。そのミホへの直接取材はもちろん、日記、手紙、メモ、厖大(ぼうだい)な未公開資料などの精査をこなして、伝説的夫婦の真実に迫っていく。

 ミホの狂乱のきっかけとなった敏雄の日記にしても、謎が多い。ひょっとして、見られることを予期していた? などさまざまな陰影が何重にも覆っているのだ。

 「ミホはみずからの正気を犠牲として差し出すことで、島尾が求めた以上のものを提供した」の一文に絶句。やがて、ミホ自身も「書かれる女」から「書く女」となっていく。


その死までの真実を追った著者の真摯(しんし)さと筆力も、あな、おそろしや、の傑作!

 世界にも事実の凄(すご)さは多々あろうが、13時間に1人の割合で少年が殺され、若者たちのチームに入るために人を1人殺せばいい、という途方もない土地を知っているだろうか。

 今年の開高健ノンフィクション賞を受賞した<2>工藤律子『マラス-暴力に支配される少年たち』(集英社・1,944円)は、世界一殺人発生率が高いといわれるホンジュラスの都市サン・ペドロ・スーラに生きる少年たちを取材したもの。

 筆者も開高賞の選考委員の1人であったが、完全に圧倒された。「マラス」というギャング団に入らなければ、自分が殺される土地なのである。だが、この地獄においても、いや、地獄だからこそ、神の一筋の光は届く。現代日本の問題にも通じてくる衝撃作。

 無政府主義的資本主義は少年たちをギャングやテロリストにもするが、地球規模で進む「大絶滅」の様相を、社会思想史的に描いたのが<3>澤野雅樹『絶滅の地球誌』(講談社選書メチエ・2,160円)。

 金沢城のヒキガエル絶滅から、「核の宅配便」へと至る思考の振幅! 「核の私有化時代の到来であり、抑止力の完全消滅」の現在をどう生き抜くか。人類必読の書である。

狂うひと-「死の棘(とげ)」の妻・島尾ミホ
『狂うひと-「死の棘(とげ)」の妻・島尾ミホ』
梯(かけはし)久美子
(新潮社・3,240円)
マラス-暴力に支配される少年たち
『マラス-暴力に支配される少年たち』
工藤律子
(集英社・1,944円)
絶滅の地球誌
『絶滅の地球誌』
澤野雅樹
(講談社選書メチエ・2,160円)