今回は坂井さん
坂井修一(さかい・しゅういち)
坂井さん
歌人・東大教授。読書の秋。芸術の秋。スポーツの秋。学問の秋。もう若くはないので、全部はとてもムリ。
絵に人生を重ねる

 絵画彫刻は、全くの素人。でも、美術館や博物館へ行くのは大好きだ。海外の豪華な美術館もいいが、日本の館で、好みの絵にめぐりあうと嬉(うれ)しくなる。そういう嬉しさを重ねることで、生きているのが私たちだろう。

 <1>スーザン・ウッドフォード『絵画の見方』(高橋裕子訳、ミュージアム図書・1,944円)は、西洋美術のガイドブック的総論にして、かぐわしい芸術論をわかりやすく示した本である。たとえば、レンブラントの「ホメロスの胸像を眺めるアリストテレス」についての暗示的な解説は見事なものだ。ニューヨークのメトロポリタン美術館所蔵のこの絵を、私は時間をおいて三度見たが、それぞれ違う感想をもった。
 そしてそのたび日本に帰ってからこの本を読み返した。絵もこの本の解説も、そのたびに別の「顔」を私に見せてくれた。作品の深さに由来することだろうが、歴史的傑作は、その解説も十分に深くなければならない。

 <2>キミコ・パワーズ『アーティストたちとの会話-アメリカン・ポップ・アート誕生の熱気』(聞き手・林綾野、講談社・2,160円)。キミコといえば、アンディ・ウォーホルの絵のモデルとして有名。


彼女がのびのびと力強くアーティストたちを語ったのがこの本。 その口から、ジャスパー・ジョーンズからクリストまで七人の画家と、画商のレオ・カステリが語られる。本物の芸術家を見つけ、作品を購入し、一生のつきあいをする。キミコの信念の強さと1960年代アメリカのフュージョンが紡ぐ、なんともうらやましい物語だ。

 <3>サマセット・モーム『人間の絆』(上)(下)(中野好夫訳、新潮文庫・各907円)。ここで『月と六ペンス』を期待したあなた。残念でした。画家の話なら『月』が正解。でも文学としては『人間』が断然上。この本の主人公フィリップは、画家をめざして挫折した。このチョイス、お許しあれ。
 この本で、最も重要なのは、人生をペルシャ絨毯(じゅうたん)にたとえたところだ。ペルシャ絨毯の絵模様の意味を理解する過程が、『人間の絆』だといってもいいぐらい。種明かしはしないから、皆さん、ぜひ読んで考えてください。
 もう一つ、この小説で出てくるミルドレッドという女性。フィリップはなんでこんな悪女にこれだけ長く呪縛されるのか、最初に読んだ十代半ばのとき、私は全然納得できなかった。でも、今はよくわかる。良い本を相手にすると、こんなことはしばしばだ。中年以上の方々は、ぜひ再読を!

絵画の見方
『絵画の見方』
スーザン・ウッドフォード
高橋裕子訳
(ミュージアム図書・1,944円)
アーティストたちとの会話-アメリカン・ポップ・アート誕生の熱気)
『アーティストたちとの会話-
アメリカン・ポップ・アート誕生の熱気』
キミコ・パワーズ
聞き手・林綾野
(講談社・2,160円)
人間の絆
『人間の絆』(上)(下)
サマセット・モーム
中野好夫訳
(新潮文庫・各907円)