今回は中江さん
中江有里(なかえ・ゆり)
中江さん
6月に掲載される「平和の俳句」のゲスト選者を務めました。
立ち位置で見え方一変

 情報番組や報道番組でコメンテーターとして呼んでいただく機会が増えてから、日常的に多くの事件が起きていることを実感しています。
 たとえばちょっとしたご近所トラブルが殺人事件へと発展した事件。最初は「どうしてそこまで?」と驚くばかりでしたが、詳しく事件の顛末(てんまつ)を聞くと、いつ自分の身の回りで起きてもおかしくないようなことだったり…事件の原因は大抵人間が作り出します。同じ人間同士を傷つけたり、崩壊させたりする。その心理には何が潜んでいるのか、事あるごとに考えてしまいます。
 <1>福田ますみ『モンスターマザー』(新潮社・1,512円)は、ある高校で起きた「いじめ自殺事件」についてのルポルタージュ。いじめが原因で息子を失った母親は校長を殺人罪で告訴しますが、やがて衝撃の事実が明らかになっていきます。
 本書の事件は息子を亡くした母の立場に寄り添った報道もなされましたが、実際はいじめを捏造(ねつぞう)し、息子を自殺へ追いやったのはその母でした。被害者と加害者が入れ替わった時、見える世界が一変しました。
 <2>辻原登『寂しい丘で狩りをする』(講談社・1,728円)は実際の殺人事件に想を得て書かれた小説。


 主人公の敦子は、レイプ犯の男からの報復におびえていました。警察に届けるな、という男の約束を破ったから-。出所した男は敦子へ怒りを向け、執拗(しつよう)に追います。
 男の理不尽な怒りを理解することはできないのですが、男には男の理論があります。ストーカーやDVといった被害は、相手の一方的な思い込みの対象となってしまった不幸とも言えます。そこから逃れても、何を得るわけでもありません。ただひとつ、自分の人生を取り戻すこと。逃げるのみだった敦子が男に対峙(たいじ)する時、おぞましい過去を乗り越えようとする強い女性がそこにいました。
 <3>『新美南吉童話集』(ハルキ文庫・734円)に収められた「ごん狐(ぎつね)」は、小学四年の全ての教科書で読むことができる一作。子どもの頃読んだ時は、火縄銃で撃たれてごんが亡くなる、という終わり方が印象に残りました。ごんと兵十がよく似た一人と一匹だとお互いにわかっていれば、ラストは違っていたのかも知れません。
 物事はどの立ち位置で見るかによって、当然ながら見え方が違ってきます。多角的にものをとらえるためには、何かに固執せず、常に自分自身の視点を問わなければならない、とあらためて肝に銘じた三冊でした。

『モンスターマザー』
『モンスターマザー』
福田ますみ
(新潮社・1,512円)
寂しい丘で狩りをする
『寂しい丘で狩りをする』
辻原登
(講談社・1,728円)
新美南吉童話集
『新美南吉童話集』
(ハルキ文庫・734円)