今回は坂井さん
坂井修一(さかい・しゅういち)
坂井さん
歌人・東大教授。ゴールデンウイークは、今度こそ『アンナ・カレーニナ』を完読するぞ!
生きるために食べる

 私はいわゆるグルメじゃないけど、「食」に関心がないわけではない。どちらかというと、「生きるために食べる」という「食」のほうだ。

 <1>エリック=カール『はらぺこあおむし』(もりひさし訳、偕成社・1,296円)。もはや古典ともいうべき絵本。卵、青虫、さなぎ、蝶(ちょう)。この変化が色鮮やかに描かれている。
 青虫君は、果物やらサラミやらキャンディーやらケーキやら、あらゆる種類の食物に挑戦して食べ尽くし、それでも「はらぺこ」は直らず、最後はおなかをこわして泣いてしまう。食べているところも、泣いているところも、なんともいえずかわいい。
 人間の子供も、思うぞんぶん好きなことをし、失敗して泣くことがあっても、最後はみごとな蝶になってほしい。私の子供はもう巣立っていってしまったが、この本を読むたび、そんな思いをなつかしく反芻(はんすう)する。

 <2>辺見庸『もの食う人びと』(角川文庫・741円)。こちらは世界の食べ歩きの本。それも最貧国の飢餓地域、内戦さなかの町、難民キャンプ、かつての大戦の激戦地、放射能汚染地区などの人々が描かれている。人間らしさにむせかえる、つまりとても悲劇的なドキュメンタリーなのである。


 バングラデシュの残飯。フィリピン残留日本兵が食べた人肉、ソマリアの麻薬性植物チャット。ウガンダのエイズ村で食べるキャッサバ。チェルノブイリの放射線まみれのキノコ。
限界状況でヒトはどうふるまうのかが、本音で語られている。背筋が冷える思いなくしては読めないが、読み出したら止まらない本だ。

 <3>橋本健二『居酒屋の戦後史』(祥伝社新書・886円)。戦後70年、居酒屋の変遷をみれば、時代時代の社会がどんなものだったかが浮き彫りにされる。
終戦直後のヤミ市居酒屋のバクダンやカストリ。豚の内臓が「やきとり」になるワケ。文士たちの豪遊譚(たん)。
名店居酒屋とチェーン店の興亡。著者の筆致はじつに生き生きとして魅力的にこれらを描き出す。本当に酒好き、人好きなのだろう。
 この本が掘り起こす最大の問題は、「酒格差社会」である。かつて万人の酒であったビールや日本酒は、今や収入上位層のものになった。酒文化の危機は、社会の危機でもあるという。

 なにをどう食べ、なにをどう飲んでいるのか。それは、われわれヒトの営みをもっとも端的に表すことだ。
われわれに人間らしい飲食が続くことを心から願う。

『やさしい訴え』
『はらぺこあおむし』
エリック=カール
もりひさし訳
(偕成社・1,296円)
薔薇子爵(ばらししゃく)
『もの食う人びと』
辺見庸
(角川文庫・741円)
『モデラート・カンタービレ』
『居酒屋の戦後史』
橋本健二
(祥伝社新書・886円)