今回は藤沢さん
藤沢周(ふじさわ・しゅう)
藤沢さん
作家。佐渡へ蝋燭(ろうそく)能を見に。72歳で配流された世阿弥翁の心が仄(ほの)浮かぶ一夜。至福なり。
教養いらない?ご冗談

 初めそれを聞いた時に、まず噴き出した。直後、同じ日本人として、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。文科省の例の方針である。「国立大学改革プラン」-人文科学分野の学部や学科の廃止や転換を通知した件。


 グローバル社会や地域に求められる有用性ある人材育成のため、らしいが、これでは最もグローバル的にも恥ずかしい結果となる。文学や社会学、思想、哲学などを知らない若者が世界に出て、どんなことになるか。金もうけはできても、文化・教養の低さに間違いなく信頼失墜。なぜなら教養とは物の考え方の基盤であり、人間性の要であるから。


 「ほんとに冗談も休み休み言えよー」と思うのは私だけでなく、夏目漱石先生もはるか以前におっしゃっているではないか。<1>『漱石 文明論集』(三好行雄編、岩波文庫・864円)の中の「愚見数則」-「理想を高くせよ、敢て野心を大ならしめよとは云(い)はず、理想なきものゝ言語動作を見よ、醜陋(しゅうろう)の極なり、理想低き者の挙止容儀を観(み)よ、美なる所なし、理想は見識より出づ、見識は学問より生ず、学問をして人間が上等にならぬ位なら、初から無学で居る方がよし」。


 若者たちに向けて語った言葉を、今のお上はいかに感じるか。「即効性が求められる時代に、時間がかかり過ぎる」? そんなことは当たり前だろう。<2>田村隆一・語り、長薗安浩・文『詩人からの伝言』(MF文庫ダ・ヴィンチ=品切れ)は、戦後を代表する詩人・田村隆一の型破りなダンディズムと珠玉の言葉が満載。「自分が実際に経験した辛いこと、痛いこと、面白いことを素直に次の世代に伝えるのが、教養なんだよ」「教養、つまりcultureには『耕す』という意味があるんだ。時間がかかるんだよ」「本当の教養人とは、いろんな訓練をうけたスペシャリストのことなんだ。昔の職人の世界は、その典型だな」。イノベーション、片腹痛し。


 作家という文学職人、いや人間職人もいて、だから小説も読まねばならぬ。<3>古橋信孝『文学はなぜ必要か』(笠間書院・2,592円)は、古事記からSFの伊藤計劃(けいかく)まで、その時代と社会の深層から発酵して生まれた文学の面白さを、絶妙な語り口で教えてくれる。なぜ、夢野久作が日本文学史上のブラックホールといわれる奇書『ドグラ・マグラ』を書いたのか。文学の背景をたどれば、近代主婦の抱えるノイローゼもかかわってくるのだが、さて、利益第一の「有用性ある人材」の方々には分かるかな? とまれ、必読。

『漱石文明論集』
『漱石 文明論集』
三好行雄編
(岩波文庫・864円)
『詩人からの伝言』
『詩人からの伝言』
田村隆一・語り、長薗安浩・文
(MF文庫ダ・ヴィンチ・品切れ)
『漱石文明論集』
『文学はなぜ必要か』
古橋信孝
(笠間書院・2,592円)