今回は中江さん
中江有里(なかえ・ゆり)
中江さん
女優、作家。急に寒くなって、丸くなって冬眠したい気持ちです。
受け継ぎたい良い味

 時折仕事で故郷大阪へ行くと、母が「帰りに食べて」とお弁当を持たせてくれます。中身はおにぎり、だし巻き卵、焼き魚、煮物、酢の物…良くあるメニューなのに、どれも懐かしい味。そんな話をしたら妹が「お母さんのお弁当って、お母さんの出汁(だし)が効いている」と言いました。お母さんの出汁って、まるで母の手からしみ出す味のようだわ、と笑っていたのですが、案外本当かもしれません。母が作る筑前煮は材料と調味料、作り方を真似(まね)ても同じ味にならない。もはや「母ブランド」と呼びたい味です。


 東京には、ここにしかない味が集まっています。<1>安原眞琴『東京の老舗を食べる』(画・冨永祥子(ひろこ)、亜紀書房・1,728円)は伝統と個性ある名店が25店紹介されていて、写真を眺めるだけでもお腹(なか)が空(す)いてきます。本書冒頭に掲げられた老舗料理店の定義に「50年以上にわたって続いている」とあります。つまり50年その味を支え続ける職人がいなければならない。職人と呼ばれる人が少なくなっていく現代、同じく老舗店も絶滅の危機に瀕(ひん)しているそうです。老舗というと堅苦しいし、入りにくいし、お財布も心配、と敬遠する方もいらっしゃるかもしれません。


しかし本書の登場する店はどこも5,000円以内で楽しめる。店の由来、主人の話を聞けば老舗との距離は縮まるでしょう。

 食にこだわった作家の本と言えば<2>『池波正太郎の銀座日記〔全〕』(新潮文庫・853円)。少年時代から通い続けた銀座の味、人、出来事を簡潔に綴(つづ)っています。池波さんは大変な健啖家(けんたんか)。食べて、映画を見て、人と会って、また食べている。味が良いときは「うまい」と書き、そうでないときは「なぜうまくないのか」を考察する。その目は実に鋭い。時に胃薬を服用してまで食べていた池波さん。食べることは仕事の原動力であったのかもしれません。


 <3>平松洋子『買えない味』(ちくま文庫・743円)はどの店でも味わえない味の宝庫。「指 かぶりつく直前の味」というエッセイは、大変共感しました。料理人は食べる前に指先が味わっている。指先は食材に触れ、触感で味を知るのだから。わたしも旅先で買ってきた生そばを家でゆでて水にさらし、指先で触れたときに「これは絶対美味(おい)しい!」と感じたことがありますが、実際美味しかったです。わたしの指からもいつか母と同じ出汁が出てくることを願います。

『東京の老舗を食べる』
『東京の老舗を食べる』
安原眞琴
画・冨永祥子
(亜紀書房・1,728円)
池波正太郎の銀座日記〔全〕
『池波正太郎の銀座日記〔全〕』
(新潮文庫・853円)
『買えない味』
『買えない味』
平松洋子
(ちくま文庫・734円)