今回は青木さん
青木 理(あおき・おさむ)
青木さん
近く雑誌で開始する大型連載の取材と資料読みに忙殺される日々です。
記者が書く事実の力

 新聞記者は文章のプロであり、誰もがすらすら美文を紡ぐ-と多くの方は思われているかもしれない。しかし、実際はそうでもない。
 私も通信社の記者だったから分かるのだが、新聞記事は短く、大半は「定型」がある。だから訓練を積めばそれなりの記事は書ける。
 だが、一冊の本になるような長文は違う。しっかりした取材力を持ち、同時に文章力もある記者は、実はさほど多くない。そんな優れた記者たちが最近手がけ、時代を抉(えぐ)ったルポルタージュを三冊紹介する。

 <1>河内敏康・八田浩輔『偽りの薬-バルサルタン臨床試験疑惑を追う』(毎日新聞社・1,512円)は、二人の毎日新聞記者の秀作。製薬大手ノバルティスファーマの降圧剤をめぐって浮かびあがる製薬会社と大学病院の癒着構造を暴く。不正の端緒をつかんで取材に奔走する記者と新聞社内の内幕も描かれていて興味深い。
考えてみれば、昔はこういうルポが多かった。毎日新聞でいえば、ミドリ十字の実態を追った『偽装-調査報道・ミドリ十字事件』や三菱銀行立てこもり事件を描いた『破滅-梅川昭美の三十年』といった作品は私も学生時代に夢中で読み、記者を志すきっかけになった。こんな本がもっとあっていい。

 朝日新聞の北京特派員を務めた記者が中国の現在を描いた<2>峯村健司『十三億分の一の男-中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』(小学館・1,512円)も面白い。中国や韓国などに関する昨今の書籍は、隣国のあら探しばかりのヘイト本も多くてうんざりするが、本書は新聞記者らしく「事実」にひたすらこだわる。

 文章はやや荒削り。ただ、取材でつかんだファクトの力であっという間に読み切ってしまう。異形の大国の深層を知りたい方におすすめ。

 最後の一冊は本紙・東京新聞の記者による<3>田原牧『ジャスミンの残り香-「アラブの春」が変えたもの』(集英社・1,620円)。現在は特報部デスクを務める著者だが、アラビア語を駆使する中東の専門家でもある。ジャスミン革命に端を発する中東の複雑な状況を平易に解説しつつ、記者自身の思想信条なども思う存分書き込まれて読み応え十分だ。
最近の新聞界は、一部を除いて署名記事が増えている。こうした本で「お気に入りの記者」を見つけ、日々の新聞を読むのも楽しい。

『偽りの薬-バルサルタン臨床試験疑惑を追う』
『偽りの薬-バルサルタン臨床試験疑惑を追う』
河内敏康・八田浩輔
(毎日新聞社・1,512円)
『十三億分の一の男-中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』
『十三億分の一の男-中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』
峯村健司
(小学館・1,512円)
『ジャスミンの残り香-「アラブの春」が変えたもの』
『ジャスミンの残り香-「アラブの春」が変えたもの』
田原牧
(集英社・1,620円)